今日の「きれい学」おススメの1冊
『凡人として生きるということ』幻冬舎新書 |
こんにちは西村有紀子です。今日のおススメは『うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー』や『機動警察パトレイバー劇場版』などのアニメーション・実写映画監督の押井守氏の『凡人としていくるということ』です。
タイトルがとても興味深く、思わず手にとってしまいましたが、内容は社会現象から自由をテーマにした精神論、成功哲学、自己啓発と非常に充実しています。
驕れるものは久しからずで99.9%の人間は著者も含めて"凡人"であると認識することがまず第一歩。そして凡人が社会を渡っていく上で"負けない"ためにはどうしたらよいのかをあらゆる側面から提案しています。
凡人だからこそ、自分の仕事に情熱を持ち勝負を諦めないことが重要なのです。それは私自身もいつも感じていることで、凡人だから学び、繰り返し練習し、粘り強くあらねばならないのですね。
そして"凡人力"を磨いた人が本当の意味での自由を手にできるのです。かなりおススメです。ぜひ読んでみてください!
アンダーラインポイント
映画監督は、映画を語るべきではない。僕はずっとそのように考えてきた。映画監督にとっては発表した作品がすべてであり、それに解説を加えることも、講釈することも、意図を伝えることも余分なことだと考えていた。
現代の日本に限って言うなら、若さそのものには何の価値もない。と僕は断言できる。だからといって、若者は何も絶望することはない。いやむしろ、若さに値打ちなどないからこそ、人生は生きるに値するものなのだ、ということに気づけばいいのだ。
オヤジたちはそんな無駄なものに金を使わない。大量生産品を身にまとって発揮する個性など、本当の個性ではないことを知っているからだ。むしろ、オヤジは若者をだまして、経済効果を狙っている方である。
ところが若者の目には、ダサい格好をしたオヤジたちが腐って見える。「ああいうふうにはなりたくない」と思う。自分たちの個性と信じているものの正体が実は、その軽蔑するオヤジたちが巧妙に仕掛けたものだったとも気づかずに、である。
現実には人は年を取り、青春は失われる。だからこそ人は、それを惜しむ。青春はいつか記憶の中だけできらめく、過去の遠い思い出になる。そうなって初めて、人は失った若さがかけがえのないものだったと思う。つまり、若さの価値とは、記憶の中だけにある幻影のようなものでしかない。
僕が若者に言えるのは、「今の自分は何者でもないし、平凡な人間なのだ」とまず気がつくことが重要だということだ。本来の意味の可能性はむしろ、そう気づいたところから始まる。
ある人間が何かをしたいと望む。それがどのくらい自在にできるかどうかが、自由と不自由の分かれ目なのである。何もしたくない人間や社会とのつながりを放棄した人間にそもそも自由はない。他人と関わりたくない。だから他人から逃げる。これを自由とは呼べないことは、ここまで読み進んだ読者にはお分かりいただけると思う。
あなたは何も捨てていないようで、実は大きなものを捨てている。少なくとも、何も選択しないうちは、何も始まらない。何も始めないうちは、何も始まらないのだ。
映画というものは、それを撮った人間の情熱とか、やむにやまれぬ思いとか、情念とか、そういうものがないと成立しない。
それでも僕は勝負に出る。なぜか。実は、勝負を諦めた時こそが、勝負に負けるときだと知っているからだ。
勝負を続けている限りは、負けは確定しない。勝ったり負けたりしながら、人生は続いていく。
だから絶対に勝負を諦めてはいけない。ただし、常勝を狙うのは禁物だ。勝負をしなければ勝つことはできないが、必ず勝とう、絶対に失敗しないようにしようと意気込んだら、緊張感や気負いや、そんな余計なものを背負い込んで結果的に負けてしまう。
僕はとりあえず「負けない監督」にはなった。自分では、自分の人生を勝手に「不敗神話」と呼んでいる。マイ不敗神話である。「常に勝つこと」ではなく、「負けないこと」を狙うようにしているからできたことだ。
美学を貫いていれば、いつの間にか名声やお金は付随的に発生するものだ。仕事で成功すれば、結果的に富と名誉を得ることができる。しかし、初めから富と名誉を得ることだけを目的としては、道を誤る。
だが、何連敗、何十連敗してもいいではないか。何度負けても、勝負を続ける限り、いつかきっと1勝できる日はやってくる。そして、少しずつでも勝ち星を増やしていけば、最終的に人生の勝ち星表を勝ち越しで終えることはできるのである。
子育ては海外旅行や遊園地よりも本当ははるかに楽しく、面白いことなのである。しかしそれは、文明が提供する娯楽としての楽しさではない。本能を満足させてくれる楽しさなのだ。
正体を隠してネットで発言するより、もっと面白いことがこの世界にはあるはずだよ、ということだ。ハンドルネームで正体を隠したどこかの誰かでなく、ちゃんと自分自身を自分として認めてもらえる世界があるのだ。
ネットで何かしらの発言をして、それが話題になったり、人を傷つけたり、喜ばせたりしても、それは社会性を身につけたというのとは次元の違う話だ。社会性というのは、自分の名前と顔をさらして生きていこうという決意のことだからである。
映画監督に天才はいないというのが僕の持論だ。映画はひとりで作ることができない。天才は誰にも理解できないから天才なのであって、共同作業の映画の製作現場に天才監督がいても、スタッフが彼を理解できないようでは、映画は完成しない。
天才の身でない我々は、情熱を持ち続けることしか、この世を渡っていく術がないのだ。情熱さえあれば、貧乏も苦難も乗り越えられるだろう。
「格差論の根底にあるのは、人間の嫉妬である」ということだ。巷で盛んに議論されている格差への警鐘を通して透けて見えるのは、根源的でプリミティブなねたみの心なのである。そして、ねたみほど強力な感情はない。
目次
はじめに
第1章 オヤジ論−オヤジになることは愉しい
第2章 自由論−不自由は愉しい
第3章 勝敗論−「勝負」は諦めたときに負けが決まる
第4章 セックスと文明論−性欲が強い人は子育てがうまい
第5章 コミュニケーション論−引きこもってもいいじゃないか
第6章 オタク論−アキハバラが経済を動かす
第7章 格差論−いい加減に生きよう
あとがき 今こそ言葉が大切な時
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