文金高島田(ぶんきんたかしまだ)とは、花嫁が白無垢や打掛を着るときの代表的な日本髪のことをいいます。未婚女性の代表的な髪型で、髷(まげ)を一回縛る島田髷の髷の根を上げて髷を高くし、額の方へ前に出した髪の結い方で、気品あふれる優雅な髪型とされています。
江戸時代には300種類もの髪型があり、文金高島田はもともと武家の若い女性や遊女の髪形でした。それが次第に花嫁の髪型として用いられるようになり、明治時代以降には花嫁の正装として定着していきました。島田髷の由来には諸説あり、江戸初期の寛永の頃、京都四条の女歌舞伎役者が始めたという説、歌舞伎の島田甚吉・万吉の髪型からきているという説、東海道の島田宿の遊女から始まったという説などがあります。
文金は江戸時代の男性の髪形である「文金風」からきており、髷の根をあげて前に出し、月代(さかやき)(男の額髪を頭の中央にかけて半月型に剃り落としたもの)に向かって急傾斜させたものといったような意味があります。「文金風」は、その髷の高さから優雅なものであるとされ、次第に女髷にも取り入れられるようになり、文金高島田に発展していったとされます。また、八代将軍徳川吉宗の時代に貨幣改鋳があり、その時の小判は文金と呼ばれていました。嫁ぐ娘のために母親が髪の中に小判を一枚忍ばせ、そのために高く結い上げられたことが文金と呼ばれる髪型の由来であるとも言われています。針や楊枝などを髷に入れて高くしたことから、針うちとも呼ばれていました。 |